能登半島の魚醤「いしる」
日本三大魚醤の「いしる」は、石川県能登半島の豊富な魚介類で作られます。能登半島は日本海と富山湾に面しており、日本海側は暖流の対馬海流が流れているため、サバやイワシといった暖流に住む魚がよくとれます。富山湾は深さが300mを超え、深層の冷たい水と上に流れる対馬海流、さらに複雑な地形によって、「天然のいけす」と呼ばれるほど魚介類が豊富な場所です。
いしるには2種類ある
いしるには、主にイワシを使ったイワシいしる、イカの内臓を使ったイカいしるの2種類があります。イワシいしるはまき網漁が盛んな日本海側の輪島市周辺で、イカいしるはイカ漁が盛んな富山湾に面した能登町周辺で作られています。また、イワシいしるの中にも一緒にとれるサバと漬け込んだものや、イワシの代わりに姫鱚(メギス)を使うメギスいしるなどもあり、バリエーションも豊富です。
いしるの名前の由来と歴史
いしるには複数の呼び名があります。いしる、いしり、よしる、よしりなどです。語源には諸説あり、「イカ汁」や「魚汁(いをしる)」がなまったもの、魚を塩漬けして余った汁を使う「余汁(よしる)」からきているとされます。少なくとも江戸時代中期には作られていたとされ、一説には魚の塩漬けが発達していた弥生時代や古墳時代が起源ともいわれています。
いしるの特徴
特徴①独特の味
いしるは日本海や富山湾でとれた新鮮な魚介類を漬け込むため、魚醤の中ではクセがなく、原料の魚介類の旨味や味わいがあります。塩分濃度が高く風味が強いことから、そのまま使うと味が強すぎて、臭みやクセを強く感じてしまうことも少なくありません。隠し味程度に少量薄めて使えば、原料の豊かな風味と奥深い味わいを楽しめますよ。
原液で使うなら、しょうゆの代わりに刺し身につけると風味が増して、酒のつまみにちょうどいいんだ。
特徴①アミノ酸が豊富
いしるは、魚介類と発酵食品の栄養素を豊富に含んでいます。肝臓の働きをよくするとされるアラニンやリシン(リジン)、睡眠の質を高めるといわれるグリシンなど体に嬉しいアミノ酸をたっぷり含んだ調味料です。また、昆布やしいたけ、うま味調味料に含まれる旨味成分のグルタミン酸も含まれています。
いしるには、栄養ドリンクやサプリメントでもおなじみのタウリンやペプチドといったアミノ酸も含まれているわよ。
特徴②大豆・小麦不使用
通常のしょうゆには大豆はもちろん、麹菌の栄養源やしょうゆの味をひきだすために小麦が入っているものが多いです。いしるはしょうゆなどと違い、魚を塩漬けして作るものなので大豆や小麦を一切使いません。大豆アレルギーで通常のしょうゆが使えない場合でも、いしるなら安心して使えます。
いしるの作られ方
①原料をさばく
まずは、原料となる魚介類を洗ってさばきます。イワシいしるには頭と内臓を取らずにそのまま漬け込む方法と、頭や内臓を取り除き開いて漬け込む方法があります。頭と内臓を残すと熟成が早く進み、開いて漬けると失敗が少なくなるでしょう。イカいしるの場合はイカの内臓を漬け込むため、身を外します。
もともとは、イワシ製品やスルメを作るときの副産物で、製品を作って余った頭や内臓を使うことが多かったんだ。
②原料を漬け込む
気温が高くない春先や秋口に原料を20%~25%程度の塩に漬け込み、中蓋と重しをします。漬け始めの数日間は原料と塩分がしっかり混ざって馴染むように、ときどきかき混ぜます。1~3年ほど熟成させて、原料が溶けて底に沈殿するころが次の段階に移る頃合いです。
③原料をこす
最後は原材料を取り除きます。樽の中では上部に固形物や脂肪分が浮かび、下部にいしるが溜まっているため、まずは樽の下部についている栓を外して澄んだいしるを取り出します。原材料だけが残ったら取り出してろ過し、できたいしるを殺菌のために煮沸して瓶詰めすればできあがりです。
いしるの使い方
①いしる鍋
いしる鍋は、出汁にいしるを使った鍋料理です。魚介類で作られたいしるは、海産物との相性も大変よく、エビやイカ、白身魚など季節の具材をおいしく食べられます。野菜もたっぷり摂れる、いしるの風味をいかした冬にぴったりのあったか料理です。
もちろん、魚介類だけでなく鶏肉などのお肉を入れてもおいしいわよ。
②いしるの貝焼き
いしるの貝焼きとは、帆立貝の大きな貝殻を鍋代わりにする石川県の郷土料理です。いしる鍋同様、魚介類や季節の野菜、きのこなどを盛り付け、いしるを酒や水で薄めた出汁で煮ながら食べます。残った汁で〆の雑炊を作れば、大変風味がよく最後までおいしく食べられますよ。
③いしる干し
いしる干しも能登半島の特産品です。いしると酒で作った漬け汁に魚介類を味が染み込むまで漬け込み、天日干しをしてつくる魚介類の干物です。サバをはじめとした白身魚や、いしるにも使われているイカなどを漬けて干すだけのため、いしるさえあれば自宅でも作れますよ。いしるの香ばしい風味は、食事としてだけでなく、お酒のおつまみにもがぴったりです。
④漬物
能登半島では、いしるを漬物にも使います。たくあんのように干し大根を漬けた「べんこうこ」や、きゅうりやナスをいしるで漬け込んだ「べん漬け」などがあります。漬物はそのまま食べることが多いですが、べん漬けやべんこうこは炙ることでよりいしるの香りが引き立ち、野菜の甘味が感じられるでしょう。
⑤煮物や炒め物の味付け
いしるは、日々のおかずにも簡単に使える調味料です。しょうゆの代わりに煮物や炒めものの味付けに使えば、普段とは違う魚介のうまみと香りがたっぷり含まれた料理に仕上がります。ほかにもチャーハンやおでん、炊き込みご飯に汁物などさまざまな料理に使えます。魚醤なのでだし汁を使う必要がなく、手軽に使えることもうれしいですね。
⑥隠し味
魚介類の旨味がたっぷりつまったいしるは、おかず以外にも、ラーメンやカレーなどの隠し味に使えます。特に、煮干しにも使われるイワシが入っているイワシいしるは、魚介ラーメンやシーフードカレーのような味わいが簡単に生み出せます。アンチョビソース代わりにパスタに使うのもおすすめですよ。
⑦つけダレやドレッシングとして
万能調味料であるいしるは、ドレッシングやつけダレにも使えます。柑橘果汁を足してポン酢にしたり、オリーブ油や塩、香辛料を足してドレッシングにしたりと、使い方はさまざまです。にんにくや鷹の爪を漬け込んで、にんにく醤油や唐辛子しょうゆとしてもおいしく使えます。
いしるの購入方法
いしるは、石川県以外ではあまり販売されていないため、手に入れるならオンラインショップの利用がおすすめです。純粋ないしるだけでなく、いしるを使って作られたいしる出汁やいしるドレッシングも取り扱っています。いしる初心者でも使いやすい商品が見つかりますよ。
いしるを使って和食を楽しもう
いしるは石川県能登半島に古くから伝わる魚醤です。新鮮な魚介類から作られるいしるは、料理に芳醇な香りや深い味わいをもたせてくれます。鍋や干物などご飯のおかずとしても、酒のつまみとしても優秀です。地元以外ではなかなか手に入れる機会はあまりありませんが、手に入れた際はぜひその奥深いいしるの魅力を味わってくださいね。
日本三大魚醤には石川県の「いしる」のほかに、秋田県の「しょっつる」と香川県の「いかなご醤油」があるんだ。